オルファクトグラム(井上夢人)

先日読んだ井上夢人の「プラスティック」がイマイチだったので、あまり期待せずに読み始めたが、これは面白かった!かなりの厚さの長編だが、ぐいぐい引き込まれて、続きが気になり、一気に読んだ。

バンドマン片桐稔はある日、訪れた姉の家で、全裸でベッドに縛られうめき声をあげる姉を発見する。
助けようと駆け寄ったそのとき、背後から襲われ、頭を強打される。ひと月の昏睡から覚めたとき、姉はその殺人者によって殺されたことを知り、自分は頭を殴られた後遺症か異常なほどの嗅覚を獲得していた。さらに時を同じくして、バンド仲間の一人が行方不明となる。そして犯人は姉のほかにも何人かの女性を殺める連続殺人鬼だった。
稔はその犬以上の嗅覚を利用して、行方不明のバンド仲間を探す。さらに姉を殺した犯人をも嗅覚で捜すことを決意する!

この小説のすごい点は、とにかくその異常な嗅覚の表現方法だろう。嗅覚が発達した、と聞くとイメージでは、ありとあらゆる臭いがしてうっとおしいだろう、ということ。ところが、稔の場合は嗅覚を視覚的に捉えているのである。
本文中で学者がたてた「もともと嗅覚情報を処理していた部分の脳に障害がおき、視覚情報を処理している部分を利用して、嗅覚情報を処理したようになったのではないか」という仮説のとおり、稔には臭いはありとあらゆる大きさ、形の結晶として見えている。
愛するマミの匂いは透明感のあるルビー色の粒子、二つの大きな角が上下に突き出し、その周囲を細かく小さな角がとりまく、といった感じだ。
全編を通じて、このような描写があり、読書の醍醐味、想像の世界にどっぷり浸かれる。稔が見ている美しい世界が私の頭の中にも広がる。さらに犯人を捜す推理小説としての面白さも十分にある。
欲を言えば、犯人が犯行に至るようになった動機やきっかけ、バンド仲間の失踪後の細かい行動なども気になるままだけど、そのあたりのあいまいさを補ってなお余りある面白さでした。