パパ、お父さん、おじいちゃん

私の父、結構な子煩悩。
私が実家にいる間、娘をとーってもかわいがってくれた。
私がお風呂に入ると、寝ていたはずの娘が決まって泣き出すのだけれど、そういうときは必ず父が抱っこしてあやしてくれていた。娘も結構父の抱っこがお気に入りだった。
何かしてあげたい!という気持ちがいっぱいで、沐浴のあとは湯冷ましやミルクを準備してくれた。
まだまだ母乳が足りなかった頃、泣き出すとすぐ「ミルク作ってやろうか?」と声をかけてくれた。
(実際は、締め方がきつすぎたりゆるすぎたり、乳首がきちんとはまってなかったり、自分で作ったほうが安心だったので、あまり頼んだこと無いんだけど…)
1ヵ月を過ぎて急にうんちが2日に1回とかになってしまったときも、ウンチ出たか?ってしょっちゅう気にして、お腹マッサージもしてくれた。
私が取り替えたうんちのオムツも一生懸命丸めて捨てようとしてくれた。
(これまた実際はどこを丸めてテープで止めたらいいかわからず、へんてこなカタチになったので、私が止めなおして捨てたけど)
そんな父を見ていて、あぁ、きっと私も32年前こんな風にいっぱいお世話をしてもらったのだろうな、と思った。
今はおじいちゃんだけど、当時は私の「パパ」だったのだ。
今娘のおむつを毎日換えていて、女の子の大事なところを毎日目にする私。
当然うんちが入り込んでいないかチェックするためにも、ガッと開いて拭いたり洗ったりしてあげなくてはいけないわけで、あぁそうか、私の大事な場所を一番見ているのは、人生を通じて、私ではなく母であり、あるいは父もなのかもしれないな、なんて思ったのだ。
で、だんだん私は恥じらいがなくなってきて、授乳中のおっぱいを見られてもまぁいいか、という気になってきた。おっぱいが性的な意味でのおっぱいではなく、乳が出る場所、という意味でのおっぱいという感じになってきて、他の普段外に出ている身体の部分(手や足や顔)とどう違うのー?という気分になってきたのだ。
それでもさすがにどうぞ見てください、というのは父も困るだけだろうから、一応部屋の端に行ったりして授乳していたけれど、一家の主で、私の父で、この娘の祖父である人が、私が授乳しているというだけの理由で、居場所なさそうに、どこ見ていいのか判らない顔をしているのが申し訳なかったです。
特に最初の頃、娘が小さくて、私もなれてなくて、縦抱きですごく背筋を伸ばしてしか授乳できなかった頃や乳腺炎で頻繁に搾乳しなくてはいけなかったときは、ダイニングのイスが一番ぴったりで、でもそこはリビングから丸見えで、ほんと、申し訳なかったです。
ありがとう、お父さん。